映画『ディア・ドクター』観ました。

ずいぶん長く映画を観れなかったので、連荘で行ってきました。
『ゆれる』で話題になった、西川―若くて美人で天才という恐いもんなしの―美和監督の最新作、
ディア・ドクター』。

観終ったあとの感想は。

「いやあ、すごいわ・・・・」

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『ゆれる』がなんかすごかったので、たぶんそれよりは落ちるかなと、
ある意味余裕で行ったのですが。
間違いでした。『ゆれる』に劣らない傑作でした。

『おもしろかった』ではなく『今もおもしろい』。

とってもたくさんの「フック」がある映画です。
見る人によって、僻地医療問題に引っかかる人もいれば、
偽物と本物、という命題に引っかかる人もいる、
いかに死ぬか、という死生学的な部分に引っかかる人もいる、
ほーーんとにいろんな観方ができるのです。

私自身は、そういう大きな命題ではなく、
映画中のいろんなシーン、いろんなせりふ、表情の1つひとつを思い出しては、
これはこういう意味なんだろうか、とか
こう言ったってことは、あの人はこう思っていたのか?とか。
白衣を脱ぎ捨てた伊野に、子供達は視線を向けてないなあ、とか。

本当にワンカットワンカットに想像力をいつまでもかき立てられています。

日本映画ならではの、日本語のイントネーションや、
言葉の選び方ひとつに感情が見え隠れする、という、
非常に繊細な作り方をしていることにも衝撃を受けました。

例えば、製薬会社営業マン、斎門(香川照之)は、
伊野(鶴瓶)に胃カメラを撮られながら、
『医者になってみてどうですか』と問いかける。
『医者になってどうですか』ではなく。
それで、彼がそれ(偽医者であること)を知っていること、
知っていながらそれにフタをしている、そして伊野もまた知られていることを知りつつ、
2人とも言葉には出さないままに共犯として成り立って行く。。。。。。
こうした感情の二重三重構造は、まあハリウッド映画にはないな~・・・

たぶんこれって、『清濁併せ呑む』みたいなことを心ならずも知り染めてしまった
大人な人には、ものすごくぐっと来る映画なのではないかと思う。
分かってるのか分かってないのか、嘘なのかそうでないのか、
イヤなのかイヤじゃないのか、去ったほうがいいのかそうでないのか、
そういう、曖昧な一線を越えたり越えなかったりしながら、
他人の顔色や言葉尻、視線ひとつをうかがいながらも
平然と世過ぎをしているだから。

ほかの人たちの映画評を読むと、主人公の伊野の行動が分かりにくかったとか、
鳥飼さん(八千草薫)の『伊野先生は何にもしてくれなかった』という言葉や、
ラストシーンが曖昧でよく分からない、とか言うのがあったけど、
なんで~~~???って思う。 めっちゃくちゃ、沁みるくらいに分かるやん!!
ただ一人だけの若者、相馬(瑛太)の若さゆえの残酷さ、無知ぶりも。

もう1回観に行ったら、もっと『そうなのか!』的なことが分かるかも。
観れば観るほどいろんな想像と事実が浮かんできそうな、天晴れな日本映画でした。
余貴美子さん、サイコー。
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by fenmania | 2009-08-01 21:20 | 映画・演劇